2020年11月28日

普段考えないようなことを文章にする?

ツイッターである人の企画に参加している。
30日間、毎日題目に沿って英作文を書くというものだ。

他の人はどうなのかよく分からないのだけど、普段殆ど考えることがないようなことを文字化していくのは楽ではない。
一〜二文で雑に済まそうとはせず、話の流れを考えて、自分なりの意見をミックスしようとすると、僕のレベルでは結構時間がかかるのだ。
下書きした文章が制限文字数を超えていることが多く、そこから削ったが挙げ句、意味が通りにくくなることもある(^^;)

今日の題目は、Write about todayだ。
も、もしかして半ヒッキーの超地味な自分の生活を晒さないといけないのだろうか?と、混乱した。
みんな、どういう風な内容を書いているのだろう?
時系列的に書いている人が結構多いのを見ていると、面接で“自己紹介して下さい”と言われて、事細かく話して嫌がられたことを思い出した。

試験でも、試されているわけでもない、ましてやルールもないとはいえ、同じ事をする気にはならなかった。


頭の中で考えてばかりいると、何も進まないことが多い。
自分の創造性だけが頼りに、とにかく一文書いた。そうすると続く文も書けた。
ジョギング中に七五三の家族を見かけたので、そのことにまつわることも思い出すことで、なんとか形になった。

取り敢えず、お疲れ>自分。


★追記
家族繋がりで、↓のツイートを紹介しておこう。
元プロ棋士の桐谷さんの元ツイは考えさせられる。
幸せの形は“人それぞれ”と言われることがあっても、鵜呑みにしない方が無難。
(可能であれば、)たとえ鬱陶しくても、誰かと一緒にいることを選ぶ方が良いと思う。




posted by Joey at 23:36| Comment(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月14日

読んでみた〜「毎日が暴力」高2女子が見た留学先の壮絶実態

ツイッターで、↑↑の記事がトレンド入りしていた。
図らずも、”読めよ、ゴルァ(゚Д゚)”的な刺激的なタイトルに釣られてしまった。

https://toyokeizai.net/articles/-/380324

読後の感想として、この女子高生が被害者かどうかの判断は難しい。
親御さんも含めて事前リサーチが足りなかったのではないかとも言えるからだ。

例えば、現地で何かあった時に最初に相談するのがホストファミリーとなっているのは変だ。
英語ができない留学生に「自分でなんとかしろ」と言っているに等しい。
特に、文中にあるような状況では身の危険もあるから、トラブルの際は斡旋会社とか現地のコーディネーターに助けを借りるべきことである。せめて、他の留学斡旋会社と比較するくらいの知恵は、親が与えても良かったのではないか。


僕自身もホームステイの経験者であり、アメリカとカナダで3つの家庭にお世話になった。
単刀直入に言うと、ホームステイはギャンブルであり、ハズレくじを引いてしまう場合もあると心得ていないといけない。
勿論、日本の“おもてなし”を期待してはいけない。そもそもサービスの概念も、習慣も文化も違う国に行くのだ。

特に西洋人は食についての感覚がかなり違う。
アメリカで、到着した初日に「ディナーにしよう」と言われて食べたのがサンドイッチだったのはズッコケた。
次のフィリピン人家庭は、少しマトモだったが、最期のカナダ人家庭に移る頃には「期待しない」という術を身に付けていたから文句を言ったりはせず、適当にあしらっていた。恐ろしく不味い「ピラフ」のようなものをまとめて作って、「Leftoverだ」と出されてもゴミ箱の下の方に見えないように捨てたりした。

金持ちではない家庭では、本当にたいした物を食べていない。
全般的に食についての意識が違うので、とやかく言っても何も解決しない。
この点は、これから海外でステイする人は考慮にいれておくのを勧める。
日本人は何処に行っても美味しいものを手軽に、安価で食べられる。これは本当に感謝すべきことなのだ。外国人からしたら、ワンコインで牛丼が食べられるのはアンビリーバボー!!らしい。


あと、ホストファミリーがボランティアと書いてあっても、完全無償ではないと思う。
食費などが余分にかかるのに、長期間受け入れるというのはブッダ以上に慈悲深くないと無理だろう。
1年間で100万円程度の費用に航空チケット代や学校の費用が含まれているかどうかは不明だが、ステイ先に数万円払った残りを斡旋会社と現地コーディネーターが応分すると、手間をかけたら利益が飛んでしまう。だから、手間を省きたいのだなと、曇った心の僕は邪推する。


ヒアリング力はついた気もしますが、現地校では単語を読めない生徒も多く、リーディングやライティングはほとんど向上した気がしません。


アメリカの教育が荒廃しているのは、堤未果さんの著書を読むとすごくよく分かる。
例えば、貧しい地域の学校ではあまり予算が割り振られなかったりするなど、お金があって優秀でなければハンデを抱えるのが実情だ。日本のようにボトムの底上げを目指した教育ではないので、本当にクレイジーなヤツも出てくる。僕はたちえオンラインであっても、ふざけたこと言われたら、いつでもカウンターを喰らわしてやるという気でいる。
先日、NYで日本人ピアニストが重症を負わされたように、今後はアジア人というだけで(中国人と間違えられて)標的にされるかもしれない。


英語習得に関しては、ずっと記憶に残っていることがある。
NYで旅行途中に知り合った女性に電話対応を手伝って貰った時、問題無く係の人と話しているのを見てスゴイねと言うと、
“泣きながら覚えた”
と教えてくれた。大学受験では何千語も覚えた経験のある人は、下手すると学の無い現地人よりは語彙力があるのだから自信を持てと。
彼女は僕と同じで旅行中だった。アメリカに来て1ヵ月くらいで喋れるようになったと言っていたな。
多少盛っているとしても、ベースになる語学力があった上で努力したはずだ。

当時と違ってネットが発達しているので、国内でも学べる機会がかなり増えた。
多少なりとも学んだ英語を試しに行くつもりでないと、お金と時間をドブに捨てることになると念を押しておく。


★追記
格安の語学留学先としてフィリピンに行く人が増えているようだが、結構危ないと聞いている。
行く場合は、ちゃんと下調べしよう。



posted by Joey at 23:05| Comment(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月09日

『英語と日本軍 知られざる外国語教育史』読了

SNSで紹介されていて、他では見られない切り口に興味を持った。
オランダ他から技術を学び始めた江戸時代から終戦直後までに、国としてどのように外国語の習得を推し進めていたのかを書いている。

歴史に興味を持って近現代史にまつわる本を読むようになり、多くの人は「兵站」を軽視していたから日本は負けたと言う。しかしながら、外国語習得においても陸軍と海軍で方針が違うだけではなく、戦略的に学ばせる視点に欠けていた。ガッカリ、である。

今のように教材が何でも手に入って、その気になれば格安で語学留学に行ける時代ではないから、外国語を身に付けるのが困難だったのは想像に難くない。

そんな状況であっても、最初の方に出てくる、アメリカの日本語特訓コース(ドナルド・キーンも参加している)の話が興味深い。両言語は全く違った体系に基づくものであり、モノリンガルが多いアメリカ人が覚えるのは苦行であったのだろう。なんと自殺者まで出ている。
相手は、ここまで本気になって日本を倒そうとしていたのだ。
それに引き換え、日本の兵学校での英語教育は十分だったとは言えない。仮想敵国を英米とした海軍とは違い陸軍はドイツLOVEだったようで、東条英機元首相がナチスに入れ込んでいたこともあって、ドイツ後を学んだ人は出世コースだったようだ。戦場で使えるような会話集が与えられても、日本兵にとって使用頻度が高い筈の中国語、朝鮮語に至っては、殆ど教えていない。

これだけでも、「差」感じざるを得ない。

実際、終戦後の報告書「日本陸海軍の情報部について(P185)」によると、ドイツが勝つと断定し、連合国を不当に過小評価していたとある。情報学級、情報課程(いわゆるインテリジェンス)も無かった。
過去に戻れるなら、お節介な僕は昔の上司が教えてくれた「段取り八分」という言葉を軍の上層部に送りたい。
準備の段階で勝敗は、ほぼ決していたのだ。


当時のエリート集団でさえ、「通常の授業によって実用的な英語を使いこなせる将校を養成することは困難だった(P265)」とあるのは、現在でも大きく変わってはいない。これは完全な植民地になったことがないということであり、最近話題のモンゴル自治区のように母国語を奪われることが無かったのは幸せだった。
お陰で、日本語だけで生活が事足りてしまう以上、自助努力無くして語学力が向上するのはあり得ない環境になってしまったのはやむを得ない。

それでも英語習得を目指すなら、オーラル・アプローチ(模倣、記憶、文系練習/P220)の一択だろう。米軍が日本語の特訓に用いたやり方だ。裏を返せば、これ無しでは上達は覚束ない。それを確認できただけでも、この本を読んだ価値はあった。



★その他
・第1回伝習生は、1年数ヵ月の訓練で長崎〜江戸まで蒸気船(観光丸)を廻航した
・特攻隊での戦没者には、エリートはとても少ない。一覧表を見て、つくづく人生はアンフェアだと思った。ブラック企業と変わらない。
エリートは生き残り、戦後公務員や実業界に転身するなどしている。海上警備隊が1952年に作られた時も、幹部や下士官の98〜99%は海軍出身者だ。
・ポツダム宣言黙殺が報道された為に、原爆投下に至った(拒否すれば、完全な壊滅と警告されていた/P214)


https://amzn.to/2ZlCov8
51yPiv0gXlL.jpg




posted by Joey at 22:41| Comment(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
人気記事