2019年09月12日

人として軸がぶれている?

西洋人の行動規範には、宗教的観念が影響を及ぼしていることが少なからずあると思っている。
日本では昔から八百万の神と言われ、一神教の国の人が驚くくらい、宗教については寛容だ。
それでも他者と折り合いをつけて暮らしてこれたのは、
日本では古くから寺子屋など一般人が共通の価値観を育むことができるシステムがあったからではないか。

戦後に教育勅語(※現代語訳が気になるかたはコチラ)が廃止されたのも、日本人の基本的な部分を壊すという意味では成功した。
日本人は変だと海外の人が言う時があるけれど、こういった過去の取り組みと無関係だとは言えまい。
人格形成をする上で、一番基礎的な部分を各家庭の教育方針に委ねる形になった影響が出たのだろう。

良くも悪くも戦前にはあった部分が今は無い。
まず、無いということに気づき、親や自分自身が補完していく必要が出てくる。
それをしなければ、"軸がぶれる"ことになりかねない。

過去を振り返ってみると、僕は親とも良好な関係ではなかったこともあって、
表面的には取り繕えることがあっても土台ができていたワケではない。
中身は結構ブレブレだった(~_~;)
周りの人からの助力を得られるうちは大ごとにはならなくとも、
半ヒッキー化して自分自身と向き合う頻度が高くなってから、自分の中での”欠損”をようやく認識した。全く恥かしい限り。
今からなんとかなるかどうかは分からないが、これ以上酷くならないようになんとかする


人として軸がぶれている.jpg

★追記
今度治療予定の歯が、ズキズキしている...
ノー・モア虫歯。絶賛反省中




ラベル:生きること
posted by Joey at 22:42| Comment(0) | どん底 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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