2021年02月09日

自分のモノなら、何をしても良い?

あれは、某社の寮(普通のアパート形式)に済んでいた時のこと。
季節は恐らく夏で、休みの明け方だった。

不意に男の怒鳴り声と、女の泣き声が聞こえた。
ただ事ではないと外に出ると、カップルの痴話喧嘩のようだ。
記憶が定かではないが、手も出ていたかもしれない。
見かねた近所の人が注意すると、"俺の女だ"と言っていたのを覚えている。

その前にも、中学の時の同級生が当時付き合っていた子と一緒に飲みに行った際、急に同級生が彼女を目の前で殴った。
昔は如何にも弱っちいヤツだったのが豹変して、僕は呆気にとられてしまった。
流石に2発目を喰らわせた時には見るに見かねて注意したが、場の空気がしらけてしまった。

自分のモノなら、何をしても良い
というのは、人間相手に限らないと思っている。

例えば今日、所有しているストラトを改造した写真をインスタにアップして炎上したという事例を見た。
代替品が容易に入手可能なギターであれば誰も突っ込まないだろうけど、彼の愛機は1954年製の初年度品で、リアルヴィンテージだ。フルオリで標準的な2TSBであれば、市場価格は軽く片手を越える。

彼は自分がアイドル視しているギタリストのマネをしているだけなのだが、そのギタリストが手に入れた頃は今よりも遙かに安かった。
勿論、プロユースとなれば、使い易くモディファイされるのが普通。結局、そのギターを使った曲でグラミー賞を受賞しているから十分に元は取っている。

その時から数えて、30年の間には価格は急騰し、愛好家たちの考えも変わった。
FBで、「改造しようと思う」と投稿すると、返ってくるのは「止めろ、そのままにしておけ」というのが殆どだ。

昔はレプリカを作る技術がイマイチだったこともあって、欲しい音や弾き心地を手に入れるなら本物に手を加えざるを得なかったのは否定できないが、今ならカスタムショップ製が代替品として入手可能だ。更にアメリカは歴史が浅い国であり、文化として保護しようとしない限り、どんどんモノは使い捨てされる。だからこそ、彼は怒りを買ったのだろう。

僕自身も彼の投稿を初めて見た時、"マジかよ"と引いてしまったので、こうなるのは理解できる。
ヴィンテージということで、弾くな、しまっておけとは言わない。フレット、ナットなど消耗品の交換以外に大手術するのであれば、新たに買う選択肢を選びたい。

我が国の「もったいない」が、ケニア人女性によって広められた「Mottainai」がどのくらいアメリカ人に影響を与えたのかは不明だが、良いものを大事に永く使うという姿勢は忘れたくないものだ。

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posted by Joey at 22:50| Comment(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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